世界各国で広がるキクイムシの被害についてBLOG DETAIL

2010年代後半以降、度重なる天災、人災によって木材価格は高止まりを続けています。こうした木材価格の高騰、資源不足はメディアでは「ウッドショック」と呼ばれ、本ブログでも「ウッドショックはいつまで!?木材価格高騰の原因」の記事の中で要因についての説明をおこないました。

さて、その中でも特に温暖化や異常気象と言った、人類の長期的な経済発展と不可分な要因によってもたらされた森林被害は、短期的な手立てが講じられないことから深刻であると考えられています。今回は、温暖化と密接な関係を持つ世界的な「キクイムシ」の大量発生とその深刻な被害について触れていきたいと思います。

キクイムシとは?

キクイムシは甲虫目キクイムシ科の総称で、「木食い虫」の名の表す通り木材を食する種として知られます。世界では6000種以上の近縁種が存在しており、うち日本には300種が生息していると言われます(英語での学名はScolytidaeだが、Bark Beetleの名前で知られる)。

キクイムシ(Photo by Katja Schulz

植物食であり、生きた樹木や森林を枯死させるだけでなく建材や家具も食い荒らすことから、一般的には「害虫」と見なされています。最も、上述の通り6000種の中には樹皮のみを食べる種もあれば、死んだ樹木、種、種子、草などを食することもあり、種によって異なる嗜好を持ちます。人間の文化圏に悪影響を及ぼすものとしてはヨーロッパで猛威を振るっているトウヒキクイムシ(Ips typographus)や北米を中心に甚大な被害をもたらしているアメリカマツノキクイムシ(Dendroctonus ponderosae)、ナラ枯れをもたらす日本のカシノナガキクイムシ辺りが有名でしょう。

キクイムシ自体が昔から存在していましたが、温暖化の影響でキクイムシにとって越冬しやすい気候条件が備わったこと、極度の乾燥や異常気象によって森林の免疫力が低下してキクイムシの侵入を防ぎにくくなったこと、などが大量発生の理由として挙げられています。

キクイムシが穿孔した穴(Photo by Vik Nanda

ヨーロッパ

元々夏の暑さは1~2週間程度のもので、本格的な猛暑に対する準備をしてこなかったヨーロッパの人にとって、ここ数年の熱波はまさに「異常気候」でした。ギリシャやイギリスなど多くの国で気温40度超えが続出、冷房の準備のないヨーロッパ諸国では熱中症による死者・重傷者の報告が相次ぎました。

もっとも、この猛暑と、それに伴う干ばつの影響はヒトだけに留まりません。温暖な気候を温床とし、夏の乾燥などで免疫力を失った木々に対して猛威を振るうキクイムシ(※ヨーロッパで有名なのはトウヒを好物とする、好熱性のタイリクヤツバキクイムシ)が発生し大量の森林面積を消滅させているのです。特に深刻な被害が報告されているのは、ドイツ、チェコ、オーストリア、スロバキア、ポーランド、北部イタリアといったトウヒが多く生息する「中欧」地域です。

例えばドイツでは、2018年以降50万ヘクタール(千葉県と同じくらいの面積)の森林がキクイムシによって消失しました。ターゲットとなるのは、製紙の原料や建材、樽など様々な用途に用いられるトウヒ(Spruce)で、ロシアやウクライナからの針葉樹が輸入できなくなったことと併せて木材市場に深刻な影響を及ぼしています。

ドイツよりも深刻なキクイムシ被害に喘いでいるのが、トウヒが国土の森林面積の大半を占めるチェコで、専門家の声によるとチェコ森林面積の実に50%がキクイムシによって壊死させられる脅威にさらされているとのこと。2019年にチェコでキクイムシによって失われた森林面積は3000万㎥にも上ると言われ、日本の年間木材総消費量7000万㎥の半分近くが一年で焼失したという恐ろしい事態が起きています。

被害自体は上述の二国ほどではないにせよ、政治的なトラブルを抱えてしまったのがポーランド。ユネスコにも登録され、野生のバイソンが生息するベラルーシ・ポーランド国境に広がるビャウォヴィエジャの森にキクイムシが大量発生してしまい、ポーランドが被害拡大を抑えるために伐採を開始したものの、これに野生動物の保護を訴えるEUが反発。2年近く続いた紛争は、結局ポーランドが大規模伐採を諦めるという方向で幕を閉じましたが、野生動物保護と自国の森林資源を守るための天秤にかけられるような選択はまた生じるかも知れません。

ポーランド・ベラルーシ国境に広がるビャウォヴィエジャの森(Photo by Frank Vassen

 

島国であるイギリスは元々キクイムシの被害とは無縁でしたが、20世紀後半にキクイムシが大陸から持ち込まれたことから、イギリス政府は警戒心を高めつつあります。上記のような中欧諸国と比較すると被害は限定的ですが、温暖化の影響で生息範囲を広めつつあるキクイムシの脅威は既にイギリスにとっても対岸の火事ではなくなりつつあります。

北米

1990年代後半から北米で猛威を振るうキクイムシは、北米(カナダ・アメリカ)の森林および林業を取り巻く産業や経済に深刻な影響をもたらしています。アメリカ北西部だけでも2000年以降22万km2という、日本の本州に匹敵する大きさの森林がキクイムシに消失、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などと併せての供給減となり、森林資源を頼りとする林業、家具メーカー、建材メーカー、住宅メーカーなど同国の経済に毎年数億~数十億円単位の被害をもたらしています。

同様に北米西部有数の森林地帯を抱えるカナダのブリティッシュコロンビアでもやはり2000年以降20万km2近い森林面積の消失を招き、世界的な供給源と需要増によって木材の価格バランスが崩れ、カナダ・アメリカ間の木材貿易戦争の遠因ともなっています。

日本

日本ではカシノナガキクイムシの媒介するナラ菌による「ナラ枯れ」の被害が有名です。年間の被害は10万から20万㎥と、何千万㎥単位の被害が発生するヨーロッパや北米と比較するとまだ軽微な影響ですが、早急に対処をおこなわないと被害が拡大してしまうことから、官民一体となった管理体制が必要となります。特に、私有地の菌に冒された樹木の伐採などは費用がかさむため、市町村が費用を負担するケースが少なくないことから、ナラ枯れ材の有効活用を通じたマネタイズは多くの地方自治体で課題と化しています。

日本の場合、ナラ枯れ被害の深刻化は日本の林業体制と密接に関わっています。カシノナガキクイムシの媒体するカビ菌によるナラ枯れは、幹の大きな(直径10㎝以上と言われる)大口径の樹木で特に活性化されるため、樹齢の高い木々や、手つかずの放置林(特に薪炭林)ではその繁殖リスクが高いこととなります。そのため、国産材の利用を促進し、萌芽更新を潤滑におこなうことで停滞している森林資源を活用することこそ、将来のキクイムシ繁殖の脅威から国内林業を守る手として論じられています。

参考資料:

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