世界第四位の実力!ポーランドの家具産業ってなぜ有名?BLOG DETAIL
世界の家具輸出額の上位にはそうそうたる顔ぶれが並びます。その安価な労働力で世界の工場といわれる中国(輸出額1位)、機能的なデザインと高度な化学技術に優位性を持つドイツ(輸出額2位)、ルネサンスにその源を持つデザイン王国イタリア(第3位)などです。
実はその次の第4位にはドイツのお隣の国であるポーランドがランクインしています。経済規模的にも知名度的にも中国やドイツに劣るポーランドが、なぜ世界の中で家具の輸出額4位なのでしょうか?
ポーランド家具の歴史
ポーランド家具の発展は、ポーランドの歴史に密接に関連しています。10世紀に国として成立したポーランドは、以降キリスト教を旗印に東欧の覇者として領土を拡大しつづけます。
特に15世紀~17世紀まではポーランドの歴史における「黄金時代」と呼ばれる全盛期となり、ヨーロッパ有数の列強としてドイツやロシアを相手に対等に渡り合っていました。この時代、ポーランドの中では貴族文化が流行し、特にルネサンス期以降は南欧の影響で宮廷の中に豪華な家具が目立ち始めるようになります。
一時期はモスクワを支配下に置くほどの栄華を極めたポーランド王国は、ウクライナ、スウェーデン、トルコといった周辺国との戦争と内部分裂で疲弊し、17世紀後半を境にその栄光に陰りがみえるようになります。
18世紀にはとうとう、かつての従属国家であったプロイセンを筆頭に、オーストリア、ロシアの3帝国によって領土が分割されます。以降、100年近くポーランドは歴史の表舞台からその姿を消しました。
一方、その分割期、一部の都市や産業は発展を続けます。特にポーランドの中で産業大国であったプロイセンに分割された地域は産業の発展が目覚ましく、家具や製材は「ロシア領ポーランドの製材」が「運河を渡って」「プロイセン領ポーランドで加工され」ドイツに輸出される、という工程で家具産業も発展を遂げていきました。
その中でも、19世紀後半に設立されドイツへの家具輸出で急激に発展したビドゴシュチュの家具工場は、ポーランドの家具発展の歴史に大きな影響を与えたと言えます。
1919年、ポーランドが約100年ぶりに独立を勝ち取った後も、製材と家具生産は依然として同国の主要産業の一つでありつづけました。東ヨーロッパの高品質な木材を加工し、西ヨーロッパの高所得国家に輸出する、という地理的なアドバンテージを活かした産業構造は、現代においても根強く残されています。
戦後、共産主義体制に組み込まれたポーランドでは「安価で機能的な家具」の生産拠点としてその役割を変容させていきますが、冷戦が終わり西欧諸国との貿易が本格的になった21世紀現在、その地理的アドバンテージと比較的安価な職人の経済的要件を活かし、ヨーロッパにおける家具生産の主要国としての地位をキープしています。
ポーランド家具の特徴
歴史的に、ドイツの技術やイタリアのデザイン、そしてソビエトの大量生産方式など、様々な列強の影響を受けてきたポーランドは、そうした特徴を複合的な強みとして、ヨーロッパの中でも随一のコストパフォーマンスを誇る家具生産国として知られています。
また、潤沢な木材資源もポーランド家具づくりの持つアドバンテージの一つで、パインやオークなど、寒冷地で育った高品質な木材を安価に用いることができます。
元プロイセンの分割領土であったポツナンや、首都ワルシャワ、産業都市ウッチなどでは現在でも盛んに見本市が開かれ、ヨーロッパじゅうのバイヤーがポーランド品質の高い家具を購入に訪れています。
有名なポーランドの家具メーカー
有名なポーランドの家具メーカー
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