ドイツのモノづくりを支える「マイスター制度」とは?BLOG DETAIL
ドイツと日本、はるか遠くに位置する国同士でありながら、その歴史や文化、経済システムには似通った部分が多いと言われることも少なくないのではないでしょうか。その技術の根源を紐解くと、やはり両国とも「職人」を大切にする国家基盤であることが共通しています。
日本人がその職人文化を誇りとするのと同様に、ドイツのモノ作りもまた、Made in Germanyの名前で知られ、その長い歴史によって培われた職人のノウハウと技術力によって生み出されています。
今回の記事では、技術者が技能とロジックを着実に習得し継承するためのドイツのゲゼレ/マイスター制度について解説を行っていきたいます。
1. 「モノづくり大国」のイメージを支えるマイスター達
ドイツのマイスター制度とは、ひとことで言えばモノづくりのプロフェッショナルを育てるためのシステムです。ドイツの教育システムでは、4年間の初等教育後に職業訓練の道に進むか、大学を主とする高等教育機関で学びを深める道に進むかの二択を迫られることは日本でも知られています。マイスター、あるいはその手前にあるゲゼレ(Geselle:熟練職人資格、直訳すると「徒弟」の意味)資格を目指すのは、基本的に前者を選んだ子供達になります。10歳前後という年齢での進路選択は早すぎるという批判はあるものの、早い段階で自分の目指す方向性と将来像を描いて研鑽を積むシステムが、適正に合わせて能力を伸ばすことと同時に、産業社会を育てることにつながっていると言えます。
1.1. マイスター制度の対象範囲
ゲゼレ/マイスター資格は、特定の工業・手工業分野において国が認める国家資格です。ドイツにおけるマイスター制度の歴史は古く、1935年頃からマイスター資格が工業・手工業分野での自営業の条件とされてきたと言われています。1953年 “Gesetz zur Ordnung des Handwerks(HwO)”(手工業の規制に関する法律)によってマイスター資格試験や対象職種(当時125職種)が明文化されて以来、厳しい条件のもと維持されてきました。
しかし、この法律が自由な職業選択の妨げになっている面があるとして徐々に緩和の動きが現れ、2004年には失業率の上昇も相まって、53の職種でマイスター義務を緩和する法改正が行われました(緩和前94職種)。その後緩和の動きは一旦ストップし、2020年には12職種(●印のもの)を再びマイスター資格が必須な職種に戻しています。一覧で見て分かるとおり、床工事やインテリアコーディネートなど、内装・インテリアに関わる分野はマイスター資格が必要な職種と定められています。
Zentralverband des Deutschen Handwerks (ZDH) “ Gewerbe der Handwerksordnung, Anlage A”, “ Gewerbe der Handwerksordnung, Anlage B1 und B2” をもとに作成
1.2. マイスターの称号への道のり
ドイツ製品の高い品質とブランド力の基盤となっているとも言えるマイスター制度ですが、取得までには長い時間と労力が求められます。取得までのステップは、①職業訓練校で知識と技術を習得したのちゲゼレ資格を取得(スペシャリストとしての認定)し、②マイスター学校で学びを深めてマイスター資格を取得(技術力・開発力を磨いた教育者・経営者として認められる)、という2段階となっています。
ゲゼレ資格を取得すれば一人前として認められるので、この時点で企業に就職して技術者として活躍する人も少なくありません。職業訓練校で導入されているデュアルシステム(二元方式=職業訓練教育と企業で働くことを並行で行う二足のわらじ方式)は、生徒が職業訓練校に通っている間も企業は給料を支払う義務があるなど、社会全体で高い水準の職人を生み出すための強力なサポート体制となっています。学校での理論学習と企業(現場)での実務経験を同時に積んでいくことで、すぐに使える人材が育つ面が大きなメリットです。
マイスターを取得するにはさらに1年半程度マイスター学校に通い、経営ノウハウ、技術、デザインなどの知識を深めていくことになります。マイスターの称号を持つ者の社会的地位は高く、大学の学士号(バチェラー)と同等の価値を持つと政府が公式に明言しています(※1)。さらに上級であるオーバーマイスター(Obermeister)の称号を取得すると、行政機関の仕事を任されることも珍しくありません。
マイスター試験合格者数を見ると、2021年実績で19,657人、全人口比(※2)では0.04%と非常に狭き門となっています。仮に20代でマイスター資格を取得した人がその後60年生きると仮定した場合、全マイスター人口は全人口の3%にも満たないことからも稀有な存在であることが分かります。
2. マイスター制度によるメリット
一子相伝、見て覚えろという意識の強い日本の職人世界と比べ、ドイツはマイスター制度によって熟練プロフェッショナルのノウハウ・技術・経験が体系的に次の世代に受け継がれる仕組みが確立しています。ゲゼレ取得後に通うマイスター学校で教育学的知識を身に付け、経営も重点的に学ぶので、マイスター称号を持つ人は言わば人を育てるプロ・人を扱うプロでもあるわけです。
また、国家資格という形で合格者のレベルを担保しているため、マイスター資格保持者の仕事の質が維持されるというメリットもあります。マイスターの手がけた仕事ということがひとつのブランドとなり、他の商品との差別化・高価値化が可能になります。さらにマイスターであることが仕事に対するプライドや誇りを生み、より一層仕事の質や品質の向上・維持に務めることも期待できるでしょう。
【マイスター制度が持つ5つのメリット】
①イメージ向上 ・・・ブランド力を高められる
②クオリティー維持 ・・・高い品質を維持できる
③モチベーションとプライド ・・・資格保持者が誇りを持てる
④後継者育成 ・・・教育学を学んだ上で人材教育ができる
⑤人的リソースの活用 ・・・職業訓練校ですぐに使える人材を育てる
制度化されたドイツの職人文化と比べ、日本の職人文化は固有の土地で連綿と受け継がれていく側面を多く抱えています。職人文化の根付いた日本の技術を守るためにも、ドイツのシステムの良い部分は見習うべきかも知れませんね。
【参考・出典】
※1 : Bundesministerium für Bildung und Forschung(BMBF) “Berufliche und akademische Bildung sind gleichwertig”
※2 : Distatis “ Bevölkerung nach Nationalität und Geschlecht (Quartalszahlen)” より
・Bundesministerium für Bildung und Forschung. “ Berufliche und akademische Bildung sind gleichwertig”. 2014.
・(財)国際貿易投資研究所(ITI). 「 手工業法改正後のドイツ・マイスター制度」 . 2004.
・小松裕子, 小郷直言, 小松研治. 「 マイスター制度と技能伝承 ― ドイツ木工マイスター学校の職業教育から―」(PDF). 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻. 2013.